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福岡地方裁判所 平成5年(行ウ)3号 判決 2000年5月26日

原告

川上輝幸

右訴訟代理人弁護士

稲村晴夫

浦田秀徳

伊黒忠昭

右訴訟復代理人弁護士

吉野隆二郎

被告

福岡税務署長 小坂田保英

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

右両名指定代理人

山之内紀行

和多範明

腹巻哲郎

山崎元

森本凡

渡邉博一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分(以下、併せて「本件係争各年分」という。)の各所得税について、被告福岡税務署長(以下「被告税務署長」という。)が平成三年三月八日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

二  被告国は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が行った本件係争各年分の所得税の確定申告について、被告税務署長が、原告に対して税務調査を行おうとしたところ、原告がこれに協力しなかったことを理由に、原告の取引先の反面調査を行った上で、推計課税の方法により、原告に対して更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行ったことに対し、原告が、右調査は違法に行われたものであり、また、右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、必要性及び合理性がない推計課税に基づくもので違法であるとして、被告税務署長に対し、右各処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法一条に基づき、違法な調査及び右各処分による精神的苦痛に対する損害賠償として、一〇〇万円及びこれに対する右各処分の日である平成三年三月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、大工工事を主体とする建設業を営む個人事業者であり、いわゆる白色申告者であるところ、本件係争各年分の所得税につき、各法定申告期限内に、被告税務署長に対し、次のとおり、確定申告を行った。

事業所得の金額 納付すべき税額

昭和六二年分 一六五万七二七〇円 六万八〇〇〇円

昭和六三年分 二七〇万五九〇三円 一五万二〇〇〇円

平成元年分 四五六万六〇九七円 三一万一六〇〇円

2  福岡税務署の税務調査担当者である西山正美(以下「西山調査官」という。)は、本件係争各年分における原告の所得金額を調査するため、平成二年一二月三日に原告方に臨場するなどしたが、具体的な調査を実施しないまま、原告の取引先に対していわゆる反面調査を行った。

3  被告税務署長は、右調査の結果に基づき、平成三年三月八日付けで、昭和六二年ないし平成元年における原告の事業所得の金額を推計した上で、本件係争各年分の所得税につき、次のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件更正処分と併せて「本件各処分」といい、異議申立て等との関係では「原処分」ということがある。)を行った。

事業所得の金額 納付すべき税額

昭和六二年分 二九四万三二七二円 二〇万九一〇〇円

昭和六三年分 五七八万九五三〇円 六二万〇八〇〇円

平成元年分 八八一万〇八〇九円 一二九万〇九〇〇円

過少申告加算税額

昭和六二年分 一万四〇〇〇円

昭和六三年分 四万六〇〇〇円

平成元年分 一二万〇五〇〇円

4  原告は、平成三年三月二〇日、本件各処分について異議を申し立てたが、被告税務署長は、同年六月一九日付けで、右申立てをいずれも棄却する旨の異議決定を行った。そこで、原告は、同年七月一八日、国税不服審判所長に対して審査請求を行ったが、国税不服審判所長は、平成四年一一月一〇日付けで、右請求をいずれも棄却する旨の裁決を行った。

以上の経緯は、別表一記載のとおりである。

三  争点

本件の争点は、1 本件における税務調査が違法であったか、2 被告税務署長がした推計課税に必要性が認められるか、3 右推計課税に合理性が認められるか、4 原告による実額反証が認められるか、5 被告国に賠償責任が認められるかであるところ、これらに関する当事者の主張は、以下のとおりである。

1  税務調査の違法性

【原告の主張】

(一) 税務職員の税務調査は、税務職員の全くの自由裁量に委ねられているのではなく、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において、社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行われることが必要である。また、調査方法に関しては、事前通知の励行に努め、現況調査は必要最小限にとどめ、反面調査は客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限るべきである(国税庁「税務運営方針」)。

したがって、これに反する税務調査は、調査における裁量権を逸脱し、所得税法二三四条一項に違反するものであり、同法のみならず、国家賠償法においても違法である。

(二) 西山調査官は、平成二年七月二七日、同年一一月五日及び同年一二月三日の三回、原告方に臨場したが、うち最初の二回については事前通知を全く行わず、最後の臨場も、原告が西山調査官に連絡をとった結果日程が決まったにすぎないものであって、事前通知の励行を全く行わなかった。

西山調査官は、同年一二月三日に原告方に臨場して調査を行ったが、その際、具体的な調査理由を開示すべき義務があるのに、これを開示せず、また、原告が第三者二名の立会いを求めたのに対し、立会いを拒否する合理的理由がないにもかかわらず、守秘義務及びプライバシーを理由に右第三者の立会いを拒否し、さらに、原告が帳簿類を整理し、その場に用意するなどして閲覧調査に協力したにもかかわらず、右帳簿類を調査しなかった。

そして、西山調査官は、自らが原告の当然の要求を拒否して円滑な調査を妨げ、その後も原告と積極的に日程を調整して調査を行おうとしなかったにもかかわらず、原告が調査に非協力的であるとして、原告の同意を得ないまま、取引先の反面調査を行った。

(三) したがって、西山調査官の右調査には、事前通知の励行を怠り、調査理由の開示や第三者の立会いに応じず、客観的にみてやむを得ないと認められる場合に該当しないのに反面調査を行った点で、税務調査の裁量権を著しく逸脱した違法がある。

【被告らの主張】

(一) 所得税法二三四条一項は、国税庁、国税局又は税務署の調査権限を有する職員において、所得税に関する調査について必要があるとき、職権調査の一方法として、納税義務者等同条一項各号が規定する者に対して質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査する権限を認めている。そして、この質問検査の範囲、程度、時期、場所等、実体法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきであるから、調査実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知も、質問検査を行う上で法律上一律の要件とされているものではない。したがって、事前通知の点や、調査理由の不開示を違法とする原告の主張は理由がない。

(二) また、税務調査において第三者の立会いを認めるか否かは、税務職員の合理的な裁量に委ねられているところ、税務職員においては、プライバシー保護の目的のみならず、申告納税制度の下での税務行政の適正な執行の確保という公益的目的から、守秘義務を課されているのであって、西山調査官が守秘義務を理由に第三者の立会いを認めなかったことは、何ら違法ではない。

(三) さらに、反面調査も、所得税法二三四条一項の規定する検査権行使の一態様であって、その実施及び方法は、当該税務職員の合理的な裁量に委ねられており、反面調査に当たって、納税義務者の承諾や同人への事前通知を要するものではない。

本件においては、西山調査官が第三者の立会いのない状態での調査を求め、調査日程を調整しようと努力したにもかかわらず、原告が調査に協力しなかったため、やむを得ず反面調査を実施したものであるから、右調査に違法な点はない。

2  推計課税の必要性

【被告らの主張】

(一) 被告税務署長による原告の税務調査の経緯は、次のとおりである。

(1) 西山調査官は、平成二年七月二七日、事前の連絡なしに原告方に臨場したが、原告が不在であったため、次に臨場する日時を記載した「不在票」を置いて原告に連絡を依頼したところ、数日後、原告が所属する福岡県建設労働組合筑紫支部(以下「筑紫支部」という。)の書記長である森山栄治(以下「森山」という。)から、八月は忙しいから二、三か月先に延ばして欲しい旨の電話による申入れがあった。しかし、西山調査官は、事前の連絡をしないまま同年九月ころ原告方に臨場したところ、原告は不在であり、更に同年一一月一五日に原告方に臨場した際も、原告は不在であったが、再び差し置いた「不在票」をもとに連絡を取り合って、ようやく同年一二月三日に原告と面接することとなった。

(2) 平成二年一二月三日、西山調査官が原告方に臨場したところ、調査に関係のない筑紫支部の森山及び同支部の書記次長である前田(以下、両名を併せて「森山ら」という。)が同席していたため、西山調査官は、このような状態では正常な調査はできず、守秘義務に抵触するおそれがあると判断して、森山らの退席を求めた。これに対し、森山は、調査理由の開示や森山らの立会いを要求したため、西山調査官は、守秘義務について説明した上で、このような状態では調査ができない旨発言した。

しかし、森山らは、それでも退去せず、原告も、帳簿書類は提示したものの、森山らの退席を促したり、積極的に申告が正しいことを説明しようとしなかったため、西山調査官によるその日の調査は不可能となった。

(3) 西山調査官は、その後、平成二年一二月から平成三年一月にかけて数回にわたり、電話により原告との連絡を図ったが、多忙を理由に面接を断られた。西山調査官は、同月二九日にも、原告の妻に対し、同年二月一日に臨場したい旨申し入れたが、原告は、多忙を理由に断った。更に同日、原告は西山調査官に対して、調査日程に関して電話で申入れを行ったが、税務署が確定申告の相談事務で繁忙となる時期や、西山調査官の勤務時間外の日時等、調査回避といわざるを得ない日程に固執した。

以上の経緯から、西山調査官は、原告が調査に誠実に協力することは期待できないと判断し、その後、原告の取引銀行、取引先等に対して反面調査を実施し、把握された収入金額に基づいて、原告の所得金額を推計した。

(4) また、原告は、福岡税務署の異議調査担当職員である吉良周一調査官(以下「吉良調査官」という。)が平成三年四月一七日以降行った異議調査においても、森山ら第三者を同席させ、その退席要請に応じなかったり、保存していた書類をすべて提示しようとしないなど、非協力的な態度に終始した。

(二) 推計課税は、納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため、直接資料が入手できない等の事情により、所得金額の実額の把握が不可能又は著しく困難な場合に、例外的、補充的に認められるところ、以上によれば、原告の税務調査に対する非協力的な姿勢は、極めて顕著であったというべきであり、西山調査官は、原告から直接資料を入手することができなかったから、被告税務署長には、原告の本件係争各年分の所得金額を算定するに当たり、推計の必要性があった。

【原告の主張】

(一) 西山調査官は、平成二年七月二七日に原告方に臨場したが、原告が不在であったため、同年八月三日に再度臨場する旨の文書を差し置いた。しかしながら、原告が大工工事を主体とする建設業の仕事をしていることからしても、事前通知がない以上、原告が不在であるのは当然であり、また、同日の予定も西山調査官が一方的に決めた予定にすぎず、原告にとって盆前は繁忙期であるから、森山が、西山調査官に対し、同日は原告の都合がつかない旨連絡したのも当然である。また、西山調査官は、その後も原告方に赴く期日を協議せず、原告に事前に連絡しないまま臨場し、原告が不在であったとするが、原告に直接会って調査したいのであれば、面接の期日を調整すべきであるにもかかわらず、そのような努力をしなかった。

(二) 西山調査官は、平成二年一二月三日の調査において、初めて原告と会ったが、その際、具体的な調査理由を開示せず、また、合理的理由がないのに、原告の要求する森山らの立会いを拒否した。原告は、帳簿類を整理してその場に用意し、森山らが退席した上で西山調査官にどのような帳簿等を所持保管しているかを検分させ、同人もこれらの書類の存在を確認した。したがって、西山調査官は、帳簿等によって原告の所得を確認するため、必要な調査を実施できたにもかかわらず、森山らが再度在席したことをもって、調査ができないとして帰ってしまった。

(三) その後、原告は、平成三年一月下旬に西山調査官からの連絡を受けて、森山と相談の上、森山から西山調査官に対して、土曜日又は同年二月一五日以降なら都合がつく旨連絡してもらったが、西山調査官は、その際も自己の都合を主張して具体的な日程を決めず、その後、原告に何ら連絡することなく反面調査を行い、被告税務署長は、これに基づいて本件各処分を行った。

(四) 以上のとおり、西山調査官は、原告に対して、通常行われるべき調査を実施しようとせず、原告と直接会った上で調査するための日程調整の努力も怠ったのであって、税務調査が進まなかったのは、西山調査官の職務怠慢によるものである。西山調査官が適正な職務活動をしていれば、原告に対する調査を十分行うことができたのであり、推計課税を行う必要性はなかった。

3  推計課税の合理性

【被告らの主張】

被告らが本件訴訟において主張する原告の本件係争各年分の所得金額は、実額で把握した総収入金額(売上金額)に、原告と業種、業態、規模等が類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の平均所得率を乗じて、事業専従者控除額控除前の所得金額を算出し、それから事業専従者控除額を控除して事業所得を算出する方法により推計したものであり、その詳細は、以下のとおりである。

(一) 原告の事業所得の総収入金額(売上金額)の把握

被告税務署長は、原処分時の調査資料、異議申立手続段階で原告が提示した売上関係領収書(控)及びこれらの資料に係る反面調査の結果に基づき、別表二記載のとおり、売上金額を昭和六二年分につき六〇七一万七八二七円、昭和六三年分につき九〇三〇万六四〇〇円、平成元年分につき一億六〇五八万〇一五九円と把握した。

(二) 原告の事業専従者控除額控除前の所得金額の算定

(1) 被告税務署長は、類似同業者七名(別表三のAないしG、以下「本件類似同業者」という。)を、次の基準により抽出した。

<1> 福岡県内で建築工事業、大工工事業、木造建築工事業を営んでいる青色申告者で、事業の内容がマンションやビル内部の木工事の下請を主体とし、原材料の仕入れがある者

<2> 売上金額が、原告のおおむね半分以上二倍以下(昭和六二年分につき三〇三六万円以上一億二一四三万円以下、昭和六三年分につき四五一六万円以上一億八〇六一万円以下、平成元年分につき八〇三〇万円以上三億二一一六万円以下)の範囲内(いわゆる倍半基準)にある者

<3> 昭和六二年一月から平成元年一二月までの三年間を通じて、右<1>の事業を継続して営んでいる者

<4> 次のいずれにも該当しない者

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者

イ 不服申立て又は訴訟係属中である者

(2) 右により抽出した本件類似同業者に関する本件係争各年分の売上金額、青色申告者に限り認められる特典的な必要経費等(専従者控除、青色申告控除等)を控除する前の所得金額(以下「特前所得金額」という。)、事業専従者が二名以上いる同業者について、原告の事業に専従する親族が一名であることにかんがみ、控除しない専従者を一名とし、それ以外の専従者に対して支給された専従者給与を給与賃金に振り替えて算出した特前所得金額(以下「調整特前所得金額」という。)及び調整特前所得金額の総収入金額に対する割合(以下「調整特前所得率」という。)は、それぞれ別表三のとおりである。

(三) 原告の事業専従者控除額控除前の所得金額は、右(一)の本件係争各年分の売上金額に、右(二)の本件類似同業者の本件係争各年分の調整特前所得率の平均値(小数第二位以下切捨て)を乗じた結果、次のとおり算出される。

昭和六二年分 四一二万八八一二円

昭和六三年分 六六八万二六七三円

平成元年分 一二二〇万四〇九二円

(四) 原告の事業専従者控除額は、原告の妻川上和江が本件係争各年分の事業専従者に該当するので、昭和六二年分及び昭和六三年分はそれぞれ六〇万円、平成元年分は八〇万円である。

(五) 原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、右(三)の事業専従者控除額控除前の所得金額から、右(四)の事業専従者控除額を差し引いた金額であり、昭和六二年分が三五二万八八一二円、昭和六三年分が六〇八万二六七三円、平成元年分が一一四〇万四〇九二円である。(別表四参照)。

そして、原処分に係る本件係争各年分の事業所得の金額(昭和六二年分につき二九四万三二七二円、昭和六三年分につき五七八万九五三〇円、平成元年分につき八八一万〇八〇九円)は、いずれも被告税務署長が本件訴訟において主張する原告の本件係争各年分の事業所得の金額を下回っているから、右事業所得金額に基づいてされた原処分における推計課税は、いずれも合理的であるというべきである。

【原告の主張】

本件訴訟において被告税務署長が主張する事業所得の推計に関し、原告の本件係争各年分の売上金額は、当事者間におおむね争いがないものの、被告税務署長による本件類似同業者の選定は、次のとおり恣意的なものであるから、被告税務署長が主張する類似同業者の所得率及びこれに基づいて推計された原告の本件係争各年分の事業所得額には合理性がなく、原処分における推計課税も合理的とはいえない。

(一) 被告税務署長は、本件類似同業者を選定するに際して、青色申告者を対象としているが、概して利益が大きく、手間をかけて経理書類を作る余裕がある業者が青色申告を行っていることにかんがみれば、そのような利益や余裕もなく白色申告していた原告の所得率と、青色申告業者のそれとを同視すべきではない。

(二) 本件類似同業者は、いずれも三年間を通じて黒字業者であって、赤字業者はない。このことは、昭和六二年ないし平成元年において、福岡県内で建設業を営む企業の三〇ないし三七パーセントが欠損企業であったことに照らして極めて不自然であり、右三年間を通じて黒字であることが選定基準であったと考える他なく、その結果、所得率の平均値が本来よりも高くなり、不合理である。

(三) 本件では、原告の類似同業者は、原処分、異議申立手続、本件訴訟の各手続段階で選定されているところ、各段階で選定された類似同業者は、本来重複しているにもかかわらず、その平均所得率(単位パーセント)は、次のとおり大きく異なっており、各手続段階で恣意的な選定をしたとしか考えられない。

原処分 異議手続 本件訴訟

昭和六二年 八 七・六二 六・八〇

昭和六三年 七 八・一六 七・四六

平成元年 九 八・九五 七・六五

(四) また、右各段階における類似同業者の選定について、本件訴訟段階で八幡、小倉、博多の各税務署管内から選定された業者が、異議申立手続段階で選定されていない理由が不明であること、久留米、大牟田、筑豊地域に類似同業者が一件もないこと、異議申立手続段階より本件訴訟段階の選定基準の方が、原材料の仕入れがある者を加えた分絞られているにもかかわらず、異議申立手続段階で選定された五件の業者中四件が本件類似同業者と重複していること等、不自然、不合理な点があることからも、各段階において類似同業者が恣意的に選定されたとしか考えられない。

(五) 本件類似同業者は、わずか七件にすぎず、しかも、その所得率には格差があるから、その平均所得率を用いて推計課税を行うことは合理的でない。

(六) 原告のような大工工事を主体とした建設業を営む個人業者の場合、材料仕入率及び外注比率により所得率が異なるから、これらの値も類似同業者の選定基準として考慮すべきであるところ、本件類似同業者の材料仕入率、外注比率及び所得率は、別表五記載のとおりであり、各業者間に大きな差違がある。原告と材料仕入率及び外注比率の極端に異なる業者を除くと、結局三件しか残らなくなるが、わずか三件の業者から原告の所得率を推計することは、合理的とはいえない。

(七) 本件類似同業者の選定に当たり、「災害等により経営状態が異常であると認められる者」が除外されているが、右「災害等」には、取引先の手形事故等により債権が回収できない場合も含まれるところ、原告は、昭和六三年に取引先の倒産により債権回収が不能となり、同年分の事業所得が赤字となっているから、少なくとも同年分について、類似同業者の所得率をそのまま原告に適用することは不合理である。

【原告の主張に対する被告らの反論】

(一) 被告税務署長は、原告の類似同業者を抽出するために、業種及び業態の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性の観点から、合理的な基準を選定した。また、本件抽出基準のすべてに該当する者全員を機械的に抽出しており、その過程に恣意が介在する余地はない。さらに、本件類似同業者は、帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告書であり、本件係争各年分において経営状態が異常と認められる者や更正等に不服申立てをしている者を除外しているから、類似同業者の平均所得率の算出根拠となる資料の正確性も担保されている。

(二) 原告は、選定された業者に赤字業者が含まれていないのは不合理とするが、本件類似同業者を右選定基準により抽出した結果、偶然赤字業者が抽出されなかったにすぎない。

(三) 原処分時、異議申立手続時、本件訴訟時の各段階で平均所得率が異なるのは、抽出対象地域が異なることや、原告の売上金額がその後原処分時より多額に把握され、倍半基準が変動したことによって、異なる業者が抽出されたこと等によるものであり、不合理とはいえない。

異議申立手続段階では、八幡、小倉税務署管内は抽出対象地域でなく、また、博多税務署管内から本件訴訟段階で抽出された類似同業者は、最も所得率が低い業者であるから、異議申立手続段階で右各管内からの抽出がなくても、抽出が不合理であったとはいえない。久留米、大牟田、筑豊の各地方の業者の選定がないのは、前記基準に従って抽出作業を行った結果にすぎない。

異議申立手続段階の選定業者五件中、四件が本件類似同業者であることも、両段階で業者の類似性が同一に設定され、倍半基準もほぼ同じである以上、不自然ではない。

(四) 本件では、原告と類似する業態の中から、できるだけその所得に近似するよう、必要かつ合理的な条件を設定して業者を抽出しており、結果的に抽出された業者が七件にすぎなくても、推計が不合理となるものではない。また、抽出された業者の所得率に一定の偏差が出ることは不可避であって、本件では、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差違の範囲内である。

(五) 同業者の平均算出所得率等による推計の場合、業者間に通常存在する程度の営業条件の差違は無視し得るから、納税者の個別的営業条件の相違は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめるほど顕著なものでない限り、斟酌することを要しないというべきであるところ、本件では、材料仕入率及び外注比率に示される営業条件の相違は、平均値による推計を不合理ならしめるほどに顕著とはいえない。

4  実額反証について

【原告の主張】

(一) 原告の本件係争各年分における売上金額、特前所得金額、事業専従者控除額及び事業所得の金額は、それぞれ別表六記載のとおりである。また、右各金額の算定根拠は、別表七の1ないし3の損益計算書及び製造原価明細書記載のとおりであって、右損益計算書中の「売上高」欄記載の金額が売上金額に、同「経常利益」欄記載の金額が特前所得に該当する。

(二) 被告らの主張に対する原告の反論

(1) 原告の実額反証に関して、売上金額及び売上金額と経費との対応関係については当事者間に争いがなく、実質的な争点は、「外注加工費」及び「外注費(手間)」(以下「労務費」という。)の額である。

(2) 被告らは、外注加工費及び労務費について、原告が提出する証拠は不十分であり、水増しがされているかのように主張するが、右は抽象的な可能性の指摘にすぎない。原告としては、すべての取引に関する領収書があるわけではないことから、各取引の相手方から、領収書に代わる証明書を取得してこれを提出しており、更に取引相手方を証人として申請したが、被告らは、これに反対する一方で、原告代理人が関与しないまま、取引相手方の反面調査を行っており、このような被告らの不当な対応自体、原告の主張の真実性、信用性を裏付けるものである。

(3) そして、原告の主張する外注加工費及び労務費の実額は、被告らが選定した類似同業者の外注加工費及び労務費の比率の範囲内にある(例えば、原告の主張に基づく原告の外注比率は、昭和六二年分は五五・四三パーセント、昭和六三年分は六三・八九パーセント、平成元年分は五五・〇一パーセントであるところ、本件類似同業者の右各年分における平均外注比率は、それぞれ六二・三八パーセント、六五・六三パーセント、六三・四二パーセントとなっている。)。したがって、原告の主張する外注加工費及び労務費は過大とはいえず、特段の事情がない限り、真実であると推認できるというべきである。

(4) また、仮に、原告の主張する外注加工費及び労務費の真偽が不明であるとしても、本件においては、争いのある外注加工費及び労務費についてのみ推計すべきである。その結果、前記のとおり、原告の主張する外注加工費及び労務費の比率の方が、本件類似同業者におけるそれよりも低いのであるから、被告らが主張しているより低い所得金額となる。

(5) したがって、右(3)、(4)のいずれの考え方に立つとしても、本件係争各年分の所得は、本件更正処分における決定額を一部下回るから、本件各処分は、一部取り消されるべきである。

【被告らの主張】

(一) 実額反証は、推計に基づく所得金額等が帳簿書類等の直接資料に基づく所得金額等の実額を上回るとして、右推計による課税の取消しを求めるものであるところ、推計方法が社会通念上合理性を有していると認められる限り、これを実額反証により否定するためには、納税者の主張する収入金額が、すべての取引先のすべての取引についての補足漏れがない総収入金額であり、かつ、その主張する必要経費が実際に支出され、その必要経費が総収入金額と対応することを、合理的な疑いを容れない程度に立証されなければならない。

したがって、実額反証における事業所得の把握は、すべての取引先からのすべての収入金額及びその収入に対応した費用の額を正確に記録した会計諸帳簿によって算出し、かつ、その帳簿の記載と、売上や経費に係る請求書や領収書等の原始記録とを照合して、右帳簿の真実性、正確性を確認することにより行われるべきである。

しかしながら、原告は、昭和六二年ないし平成元年において、このような会計帳簿を作成せず、売上及び経費に係る原始記録の提出が極めて不十分であるから、この点からしても、原告の実額反証は認められない。

(二) また、原告の実額反証には、以下のとおり、個別的な問題点がある。

(1) 売上金額について

原告は、「見積書控」、「請求書控」、「売掛帳」等、売上の発生及び回収を示す原始記録を一切提出していないから、原告が主張する売上金額が、各年分のすべての取引先からのすべての収入金額が証明されたとはいえない。また、昭和六三年の売上金額については、当事者間に争いがないことをもって、右証明に代えることはできない。

(2) 必要経費について

事業所得の必要経費として実額を控除するには、売上金額との対応関係を明らかにするとともに、支払の相手方が受領したことを証する領収書の提出が不可欠なところ、原告の必要経費の相当部分を占める外注加工費及び労務費は、以下のとおり、必要経費として認め難い。

<1> 昭和六三年分総勘定元帳の八四頁の九月一七日「紐本親仁」に対する外注加工費五六万円については、支払明細書のみならず、領収書も存在しない。

<2> 原告は、労務費の根拠となる証拠書類として、各年分の支払明細書を提出しているが、支払を受けた者の署名等がなく、相手方の領収証もないため、支払の事実が確認できない労務費の金額が、別表八記載のとおり、昭和六二年分は一一一九万三八四四円、昭和六三年分は三四三五万三四一五円、平成元年分は四三七〇万〇七七四円存在する。

また、原告は、本件訴訟提起後、被告らからの指摘を受けて、労務費を支払ったとする「証明書」を提出するが、その信用性は極めて疑わしい。

<3> 原告が作成した労務費に係る支払明細書と出面帳を照合すると、支払明細書には記載があるが出面帳には記載がないため、役務の提供が行われたことが確認できない分が、別表九記載のとおり、昭和六二年分は一九〇万五〇〇〇円、昭和六三年分は一四六四万九五〇〇円、平成元年分は一九六七万〇四一一円存在しており、右労務費の支払には疑問がある。

<4> 昭和六三年分総勘定元帳の七七及び七八頁の、二月一六日一〇万円、三月一六日三五万二五〇〇円及び四月一七日五九万円は、いずれも「中西直寿」に対する労務費の現金支払とされているが、四月一七日支払分に対応する領収書の発行者名は、「中西寿直」とされている上、前二回の支払分に対応する領収書と筆跡も異なっている。

<5> 総勘定元帳の現金出納勘定に頻繁に計上されている事業主勘定について、原告は、資金が一時的に不足した際に実姉から借り入れて、入金があり次第返済することが度々あった旨説明するが、右説明は、原告の主張する売上及び経費が正確なことを前提としているところ、この前提自体が疑わしいから、右説明も信用できない。

5  被告国の責任

【原告の主張】

原告は、西山調査官の税務調査の裁量権限を著しく逸脱した国家賠償法上違法な反面調査により、取引先から苦情を述べられたり、信用を損なうなど、多大の精神的苦痛を被った。被告国は、原告の右精神的苦痛に対して損害を賠償する責任がある。

第三争点に対する判断

一  争点1(税務調査の違法性)及び同2(推計課税の必要性)について

1  証拠(乙二、三、一四、一七、一八、証人吉良周一、同西山正美、同荒津惠次、同森山栄治(後記認定に反する供述部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件係争各年分の所得税に関する調査の経緯について、以下の事実が認められる。

(一) 福岡税務署所得税第二部門の国税調査官であった西山調査官は、原告の本件係争各年分の所得税に関する税務調査を担当することとなり、平成二年七月二七日、事前に通知することなく原告方に赴いた。しかし、原告が不在であったため、西山調査官は、所定の連絡事績復命書(乙二、以下、「不在票」ということがある。)に、「本日、昭和62~平成元年分の所得税の調査にお伺いしましたが、御不在でした。よって、8月3日(金)午前10時30分に再度お伺いしますので、帳簿・資料等を準備のうえ、御在宅ください。なお、当日、御都合が悪ければ、下記まで御連絡ください。」と記入し、併せて連絡先を記載して、これを原告方に差し置いた。

(二) 数日後、原告の所属する筑紫支部の書記長であり、原告の帳簿作成等を指導、援助してきた森山は、西山調査官に対して電話連絡を行い、八月中は仕事が忙しいので、調査を二、三か月先に延期するよう依頼した。西山調査官は、原告に直接連絡して調査を行うこととし、平成二年一一月一五日、再び事前に通知せずに原告方に臨場した。しかし、原告が不在であったため、西山調査官は、調査の日時を同月二〇日午前一〇時三〇分ころと指定して、前記不在票と同旨の連絡事項を記載した連絡事績復命書(乙三)を原告方に差し置いた。

(三) 西山調査官は、その後、原告から、平成二年一一月二〇日は都合が悪いとの連絡を受け、日程を調整して、同年一二月三日午前中に原告方に臨場したが、西山が案内された部屋には、原告の他に、森山、筑紫支部の前田書記次長及び原告の息子の妻川上洋子が同席していた。そこで、西山調査官は、所得税の申告が適正に行われているか確認するため調査をする旨告げ、調査を始めるに当たり、守秘義務を理由に森山らの退席を求めたところ、原告及び森山らは、「調査の理由は何か。」、「立会いを認めよ。」等と述べて、退席の要求に応じなかった。また、原告は、部屋のテーブル上に会計帳簿類を準備しており、「帳簿はあるから、見てもいいよ。」と述べたが、西山調査官は、「第三者の同席する中での調査はできない。」と述べて、森山らの退席を求めた。約三〇分ないし四〇分間にわたりこのようなやり取りが行われたが、西山調査官は、森山らを退席させた上で右帳簿類の内容を検討したり原告の説明を受けることができなかったので、当日の調査を断念して、原告方を辞去した。

(四) その後、西山調査官は、平成二年一二月から平成三年一月にかけて、数回にわたって原告に電話連絡を試み、電話に応対した原告の家族に対して、所得税の確定申告期間が始まる同年二月一六日以前に面接したい旨申し入れた。しかし、原告は、同月一五日を過ぎれば会ってもよい旨電話で回答し、西山調査官が、同日以前に面接できるよう再度日程調整を依頼したにもかかわらず、調査日時として、西山調査官の勤務時間外の夕方五時以降や、税務署の閉庁日である第二、第四土曜日など、西山調査官の調査が困難な日時を指定した。そこで、西山調査官は、原告から確定申告の内容について積極的な説明を受けることはできないと判断した。

(五) 西山調査官は、原告の取引銀行を調査し、原告の取引先及び右取引先からの入金額を把握した上、類似同業者として福岡市内の五、六件の建設業者を抽出し、その所得率の平均値(昭和六二年八パーセント、昭和六三年七パーセント、平成元年九パーセント)を用いて原告の所得金額を推計した。その上で、西山調査官は、電話で原告の家族に対し、調査所得金額の概要を伝え、修正申告書を提出する意思があるか否か連絡するよう原告に伝えることを依頼した。これに対し、原告は、西山調査官に電話連絡をしたものの、修正申告を行う意思を表明しなかった。そこで、被告税務署長は、西山調査官の右調査の結果に基づき、平成三年三月八日付けで本件各処分を行った。

(六) その後、福岡税務署所得税第三部門統括国税調査官であった吉良調査官は、本件の異議調査を担当することとなり、平成三年四月一七日、調査のため原告方に臨場したところ、森山らが同席していたため、守秘義務を理由として森山らの退席を求めたが、森山らはこれに応じず、吉良調査官は、調査を開始することを断念して辞去した。同年五月一三日、吉良調査官が原告方に再び臨場した際、森山らは、ようやく退席の要請に応じたが、このとき森山は、「(原告が)帳面をつけていない。」旨発言し、また、吉良調査官が、外注費の領収書について調査を開始したところ、森山が入室して、「外注費の領収書の住所は写さないでくれ。」等発言して、領収書の調査を阻んだ。同月二〇日、吉良調査官が原告方に臨場した際にも、原告は、住所を記録するなら外注費の領収書は見せない旨述べるなどして調査を拒んだため、吉良調査官は、原告の書類を調査しても真正な所得金額を算出できないと判断し、把握した収入金額をもとに、類似同業者の所得率により原告の所得金額を推計した。

2  右認定事実に基づき、争点1(税務調査の違法性)について判断する。

(一) 原告は、西山調査官が調査のため原告方に臨場するに当たり、事前通知の励行を怠った違法がある旨主張する。

しかしながら、税務職員が所得税法二三四条一項に基づき質問検査等の税務調査を実施するに当たり、納税者に事前通知をすべき旨規定した法令は存せず、国税庁の定める「税務運営方針」(昭和五〇年度版)において、事前通知の励行に努めることとされているにすぎない。そして、法令上特段の定めのない実施の細目については、権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられていると解される。

ところで、前記のとおり、本件において、西山調査官は、平成二年七月二七日に初めて原告方に臨場した後、不在票を置くなどして、原告と連絡して調査日時を調整しようと試み、同年一二月三日の臨場調査についても、不在票を端緒として事前に原告に日時を申し合わせていたこと等の事実に照らせば、全体としてみた場合、西山調査官が原告の調査に当たり、右「税務運営方針」の定める事前通知の励行を怠ったとまでは認められず、この点に関して、西山調査官に、税務調査の実施に当たり税務職員としての合理的裁量を逸脱した違法があるとはいえない。

(二) また、原告は、西山調査官が原告方に臨場して調査を行った際、原告に具体的な調査理由を開示しなかったことが違法である旨主張する。

しかしながら、所得税法二三四条は、同条一項に基づく税務職員の質問検査権の行使に際し、納税義務者に対し調査理由を開示することを要件としておらず、調査理由を開示すべき旨の法令上の規定は存しないから、前記(一)と同様、調査理由を開示するか否か及びその程度は、権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられていると解される。

したがって、西山調査官に原告が主張するような具体的な調査理由を開示する義務は認められず、また、西山調査官が、原告に対し、所得税の申告が適正に行われているか調査をすること以上に具体的な調査理由を開示しなかったとしても、この点から直ちに権限ある税務職員としての合理的裁量を逸脱したものと認めることはできない。

(三) さらに、原告は、西山調査官が原告方に臨場して調査を行った際、第三者の立会いを認めず、原告が提示した資料の調査をしないまま、原告が調査に応じないとして、原告の同意なく取引先の反面調査を行ったことが違法である旨主張する。

しかしながら、税務調査における第三者の立会いについては、税理士の立会いに関する規定(税理士法三四条参照)の他には、格別の法規は存しないところ、守秘義務のない第三者の立会いを認めるとした場合には、税務調査の内容が取引の相手方の秘密、プライバシー等に及んだとき、第三者が右秘密等を知るところとなり、税務職員が国家公務員法上の守秘義務を遵守できなくなることから、第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。

そこで、本件について検討するに、前記認定事実及び証拠(証人吉良周一、同西山正美)によれば、西山調査官は、原告方で調査を行うに際し、原告やその取引先等の第三者の秘密、プライバシー等に関する事項が現出することを考慮し、原告以外の第三者の立会いの下で原告に対する調査を行えば、税務職員の守秘義務に違反するおそれがあるとの見解の下に、守秘義務を理由に森山らの退席を求めたことが認められる。そして、税務職員の守秘義務が、納税者やその取引先である第三者のプライバシーを保護する目的のみならず、プライバシーの保護を厳守することを通じて、税務調査等の税務事務への信頼や協力を確保し、納税者や第三者に関する事実の開示を促すことにより、申告納税制度の下における税務行政の適正な執行を確保する目的を有することも併せ考慮すれば、森山らが原告の帳簿等の作成を指導、援助しており、本件においてプライバシー侵害の実質的危険性が比較的少ないことを考慮しても、なお西山調査官が守秘義務を理由に森山らの立会いを認めなかったことが、権限ある税務職員として合理的な裁量を逸脱したものということはできない。

したがって、西山調査官が税務調査に際し、森山ら第三者の立会いを認めなかったことが違法であるということはできない。

(四) また、西山調査官が、原告の提示した帳簿類等を調査しないまま、原告が調査に非協力的であるとして、その取引先を反面調査したことについても、西山調査官が森山らの退席を要請したにもかかわらず、原告がこれに応じないまま資料を提示したため、西山調査官がその内容を調査できなかったこと、その後、西山調査官が原告との面接調査の日程の調整を試みたのに対し、前記のとおり、原告が、西山調査官の不都合な日時ばかりを指定してきたこと等にかんがみれば、右反面調査が違法であると認めることはできない。

(五) なお、原告は、本件反面調査に当たり、原告の同意がないことが違法である旨の主張をするようであるが、納税義務者の同意を反面調査の要件とすべき根拠はないから、右主張は理由がない。

(六) よって、西山調査官の原告に対する税務調査が違法であるとする原告の主張は、いずれも理由がないといわなければならない。

3  次に、争点2(推計課税の必要性)について判断する。

(一) 所得税の課税については、真実の所得金額(実額)を直接資料に基づいて正確に把握した上で、これを標準として行われることが原則であるが、税務職員の調査に対して納税義務者が非協力的な態度をとる場合や、納税義務者が帳簿その他の資料を備え付けていない場合等、所得の実額を直接資料に基づいて正確に把握することが困難な場合に、これを理由に課税しないことは、租税負担公平の見地から妥当でないことから、所得税法一五六条により、実額調査に代えて推計により所得金額を把握し、これに基づいて所得税につき更正等の処分をすることが認められている。

(二) そこで、原告の本件係争各年分における所得税に関して、右のような推計課税の必要性が認められるか否かを判断するに、前記1で認定した事実によれば、西山調査官は、原告の右所得税の調査のため、平成二年七月以降、原告に対する調査を試み、同年一二月三日にようやく原告方に臨場して原告と面接したものの、原告が、森山らの立会い等を認めない限り調査に協力しない態度を示したため、当日の調査を行うことができず、その後も西山調査官が再三連絡を試み、日程の調整を行ったにもかかわらず、原告が、西山調査官の調査の実施が実質的に困難な日時ばかりを指定したことから、西山調査官は、確定申告の内容について原告から積極的な説明を受けることはできないと判断して、原告の取引先を調査して原告の収入金額を把握し、その結果から原告の所得金額を推計した上、被告税務署長が本件各処分を行ったことが認められる。

以上に加え、前記1で認定したとおり、原告が、その後、吉良調査官が行った異議調査に対しても、第三者の立会いを要請し続け、領収書の調査を拒んだ事実をも併せ考慮すれば、原告の税務調査に対する非協力的な態度は、終始一貫しており、かつ、強固であったことが認められ、西山調査官の調査の試みに対し、数か月間にわたりこのような対応が継続していたことからすれば、被告税務署長が原告の所得を実額により把握することは困難であったといわなければならない。

(三) これに対し、原告は、税務調査が進まなかったのは西山調査官の職務怠慢によるものであって、推計課税を行う必要性はなかった旨主張する。

しかしながら、前記認定事実に照らせば、西山調査官による原告の所得実額の調査は、原告の非協力的な対応により困難となったものというべきであって、原告の右主張は理由がない。

(四) 以上によれば、被告税務署長には、原告の本件係争各年分における所得税額を算出するに当たり、所得金額を推計により把握する必要性があったものと認めるのが相当である。

二  争点3(推計課税の合理性)について

1  証拠(乙四ないし八、九ないし一三の各1ないし3、一六、一七、一九ないし二一、証人荒津惠次、同松岡篤、同山口幸光、同竹田良和)及び弁論の全趣旨によれば、本件訴訟において、被告税務署長が原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算出するに当たり、次のとおりの推計方法を用いたことが認められる。

(一) 売上金額の把握

被告税務署長は、原処分時の調査資料、原告が異議申立手続において提示した売上関係の領収書控え及び反面調査の結果に基づき、別表二記載のとおり、原告の売上金額を、昭和六二年分につき六〇七一万七八二七円、昭和六三年分につき九〇三〇万六四〇〇円、平成元年分につき一億六〇五八万〇一五九円と把握した。

(二) 類似同業者の抽出

(1) 福岡国税局長は、平成五年五月三一日付け通達により、福岡県内の各税務署長に対し、本件係争各年分の所得税について青色申告書を提出している者のうち、次の基準に該当する者について、その青色申告決算書に基づき、売上金額、特前所得金額、調整特前所得金額を調査して報告するよう求めた。

<1> 福岡県内で建築工事業、大工工事業、木造建築工事業を営んでいる者で、事業の内容がマンションやビル内部の木工事の下請を主体とし、原材料の仕入れがある者

<2> 右各年分の売上金額が、原告のおおむね半分以上二倍以下(昭和六二年分については三〇三六万円以上一億二一四三万円以下、昭和六三年分については四五一六万円以上一億八〇六一万円以下、平成元年分については八〇三〇万円以上三億二一一六万円以下)の範囲内(倍半基準)にある者

<3> 昭和六二年一月から平成元年一二月までの三年間を通じて、右<1>の事業を継続して営んでいる者

<4> 災害等により経営状態が異常であると認められる者又は不服申立て若しくは訴訟係属中である者のいずれにも該当しない者

右通達を受けた各税務署長は、各税務署備付けの業種別名簿から<1>の各業種に該当する者を抽出し、所得税の青色申告書及び青色申告決算書の記載内容等に基づき、<1>ないし<4>の基準に合致する類似同業者を抽出した。その結果、被告税務署長は二件(別表三記載のA、B、以下同様。)、八幡税務署長は一件(C)、西福岡税務署長は二件(D、E)、小倉税務署長は一件(F)、博多税務署長は一件(G)の類似同業者を得られたとして、各調査事項を福岡国税局長に報告した。その売上金額及び調整特前所得金額は、別表三記載のとおりである。したがって、右七名の類似同業者(本件類似同業者)の調整特前所得率は、別表三の「調整特前所得率」欄記載のとおりであり、その平均値(小数第二位以下切捨て)は、昭和六二年分が六・八パーセント、昭和六三年分が七・四パーセント、平成元年分が七・六パーセントである。

(三) 原告の事業所得の推計額

前記(一)のとおり把握した原告の本件係争各年分の売上金額に、右調整特前所得率を乗じて、原告の本件係争各年分の事業専従者控除額控除前の所得金額を算出すると、別表四記載のとおり、昭和六二年分が四一二万八八一二円、昭和六三年分が六六八万二六七三円、平成元年分が一二二〇万四〇九二円となる。

原告の事業専従者控除額は、原告の妻川上和江が本件係争各年分の事業専従者に該当することから、昭和六二年分及び昭和六三年分が各六〇万円、平成元年分が八〇万円である。したがって、原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、右事業専従者控除額控除前の所得金額から右事業専従者控除額を差し引き、別表四記載のとおり、昭和六二年分が三五二万八八一二円、昭和六三年分が六〇八万二六七三円、平成元年分が一一四〇万四〇九二円と推計される。

2  そこで、右認定した推計方法の合理性について検討する。

証拠(甲一四八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、福岡市南区において、材料仕入れを伴うマンション等の内部の木工事や内装工事を主とした建設業を営む個人事業者であることが認められるところ、被告税務署長は、類似同業者の抽出基準として、福岡県内で建築工事業等を営む者のうち、マンションやビル内部の木工事の下請を主体とし、原材料の仕入れがある者と定めることにより、原告との業種、業態の類似性及び事業地域の近接性を確保していることが認められる。また、事業規模の近似性に関しても、倍半基準を採用することにより、合理的な基準を設定していると認めることができる。さらに、本件類似同業者の抽出に当たり、国税局長の通達に対して各税務署長が回答する方法を採用し、右抽出基準に該当するすべての業者を機械的に抽出しており、その過程において、恣意が介在する可能性は乏しいということができる。以上に加え、本件類似同業者がいずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であることから、平均所得率の算出の基礎となる資料の正確性も確保されているというべきである。

したがって、右推計方法においては、原告と類似同業者の業種・業態の類似性、事業地域の近接性、事業規模の近似性、抽出過程の機械性、推計資料の正確性が、いずれも合理的に確保されており、かつ、類似同業者の抽出件数も七件であり、相応の件数ということができるから、被告税務署長の右推計は、特段の反証がない限り、合理的な方法によるものと認めるのが相当である。

3  これに対し、原告は、被告税務署長による本件類似同業者の選定が恣意的であるとして、右推計の合理性を争うので、原告が本件類似同業者の選定を恣意的と主張する理由について、順次検討する。

(一) 原告は、本件類似同業者の選定に当たり、青色申告者のみを対象としているところ、青色申告者は原告のような白色申告者よりも概して利益率が高いから、青色申告者のみを対象とすることは妥当でない旨主張する。

しかしながら、類似同業者の所得率に基づいて所得金額を推計するには、その基礎となる類似同業者の売上金額及び所得金額を正確に把握する必要があるところ、青色申告者の場合、帳簿等の書類の裏付けを有しており、金額の正確性が担保されているから、青色申告者を抽出対象とすることには一応の合理性が認められる。

他方、本件において、青色申告者の方が白色申告者よりも一般的に利益率が高いことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、本件類似同業者の抽出に際し、青色申告者のみを対象としたことが妥当でないとはいえず、この点をもって右抽出が恣意的であるということはできない。

(二) 原告は、本件類似同業者がいずれも黒字業者であるところ、同時期において福岡県内で建設業を営む企業の三〇ないし三七パーセントが欠損企業であったこと(甲一四一ないし一四三参照)に照らして不自然であり、本件類似同業者の選定に当たり、赤字業者が排除されていると考えざるを得ず、右選定は不当である旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件類似同業者の抽出基準には、本件係争各年分のうち一年分でも赤字のある業者を除外することは含まれていないところ、同時期の建設業者に欠損企業が相当程度存したにもかかわらず、赤字業者が抽出されていないとの結果をもって、直ちに赤字の類似同業者を作為的に除外したとまでは推認できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、本件類似同業者の抽出基準では、災害等により経営状態が異常であると認められる者等が除外されており、これにより結果的に赤字業者が除外されることとなった可能性はあるものの、右除外事由は、原告との類似性を確保するための合理的な要件であることが認められるのであり、このような要件を課したことにより事実上赤字業者が除外されることがあったとしても、これをもって抽出方法の合理性が損なわれるものとはいえない。

以上によれば、本件類似同業者については、前記の基準を機械的に当てはめた結果、赤字業者が抽出されなかったにすぎないというべきであり、原告自らが係争各年分の事業所得の金額を黒字として確定申告していること(当事者間に争いがない。)にも照らせば、本件類似同業者に赤字業者が含まれていないことをもって、その抽出が不合理であったということはできない。

(三) 原告は、原処分、異議申立手続、本件訴訟の各段階で選定された類似同業者の平均所得率が大きく異なっていることを理由に、右各手続段階で恣意的な選定が行われている旨主張する。

しかしながら、証拠(甲四ないし七、乙九ないし一三の各1ないし3)によれば、原処分、異議申立手続、本件訴訟の各段階で抽出された類似同業者の平均所得率は、原告主張のとおりであることが認められるところ、これらの値は、昭和六二年分で最大八パーセント(原処分)、最小六・八〇パーセント(本件訴訟)、昭和六三年分で最大八・一六パーセント(異議申立手続)、最小七パーセント(原処分)、平成元年分で最大九パーセント(原処分)、最小七・六五パーセント(本件訴訟)となっており、最大値と最小値の比率は、最も高い年(昭和六二年、平成元年)でも、約一・一八倍、三年間全体の最大値と最小値の比率でも約一・三二倍にとどまっていることが認められる。

そして、証拠(乙一五、一七、証人吉良周一、同西山正美、同荒津惠次)によれば、右各段階における類似同業者の抽出基準には、地理的範囲、業態及び倍半基準の適用に関して、若干の相違が存することが認められるから、右各段階で抽出された類似同業者の相違に応じて、平均所得率に若干の相違が生じることは不自然とはいえない。

以上によれば、右各段階における平均所得率の格差は、右各段階における類似同業者の抽出基準の相違により生じ得る範囲を超えて、抽出過程そのものに疑問を生ぜしめるほど大きいものであるとは認められないから、平均所得率の格差を理由に、恣意的な選定が行われているとする原告の主張は、理由がないといわなければならない。

(四) 原告は、右各段階における類似同業者の選定について、本件訴訟段階で八幡、小倉、博多の各税務署管内から選定された業者が、異議申立手続段階で選定されていない理由が不明であること、久留米、大牟田、筑豊地域に類似同業者が一件もないこと、異議申立手続段階よりも本件訴訟段階の選定基準の方が絞られているのに、異議申立手続段階で選定された五件の業者中四件が本件類似同業者と重複していること等を指摘した上で、このような不自然、不合理な点に照らせば、右各段階における類似同業者の選定が恣意的であったとしか考えられない旨主張する。

しかしながら、少なくとも本件訴訟段階における類似同業者の抽出方法に合理性が認められることは前記認定のとおりである。そして、証拠(乙一五、証人吉良周一)によれば、八幡及び小倉税務署管内が異議申立手続段階において抽出対象地域とされていなかったことが認められるのであり、異議申立手続段階で博多税務署管内から抽出されなかった理由が不明であるとしても、それをもって直ちに、本件訴訟段階における抽出過程に疑念を生ぜしめるということはできない。

また、久留米、大牟田、筑豊地域から類似同業者の抽出がないことについても、前記本件訴訟における類似同業者の抽出方法を用いた結果にすぎないというべきであり、直ちに不自然、不合理であるということはできない。

さらに、本件訴訟段階において、異議申立手続段階より抽出要件が絞られているのに重複が多く見られる点については、そもそも両段階において類似同業者をほぼ同様の基準により抽出している以上、当然の結果といい得るのであって、何ら不自然ではない。

以上のとおりであり、原告の指摘する各点は、いずれも不自然、不合理とはいえないから、原告の右主張は理由がない。

(五) 原告は、本件類似同業者が七件にすぎないこと、その所得率に格差があることから、本件訴訟における推計が合理的でない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件類似同業者の抽出基準の設定には合理性が認められることや、原告との類似性を確保するために抽出基準を絞った場合、抽出される類似同業者の件数がある程度少なくなることはやむを得ないことに照らせば、本件類似同業者が七件であることは、推計の合理性に疑念を生ぜしめるほど少ないとはいえない。また、抽出された類似同業者の所得率については、ある程度の格差が生じることが通常であるところ、本件類似同業者の調整特前所得率は別表三記載のとおりであり、本件係争各年分とも通常生じ得る範囲を超えた格差が存するとまではいえない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

(六) 原告は、大工工事を主体とした建設業を営む個人業者の場合、材料仕入れを伴う請負の割合や外注の割合によって売上率が異なるから、売上に占める材料仕入れの割合及び外注比率を類似同業者の選定基準に加えるべきである旨主張し、また、本件類似同業者については、材料仕入率、外注比率の格差が大きすぎるため、推計に合理性がない旨主張する。

しかしながら、類似同業者の平均所得率に基づき所得金額を推計する場合、類似同業者間に通常存在する程度の営業条件の差違は捨象し得るのであり、個別的な営業条件については、それが推計自体を不合理ならしめるほど顕著でない限り、類似同業者の抽出に当たり考慮する必要はないというべきである。そして、マンションやビル内部の木工事を中心とする建設業において、材料の仕入れや外注が発生することは通常明らかであることに加え、「原材料の仕入れがある者」が本件類似同業者の抽出基準とされていることを併せ考慮すれば、材料仕入率や外注比率の差違は、本件類似同業者の抽出過程に当然に予定されているものとして、捨象することができるというべきである。

また、弁論の全趣旨によれば、本件類似同業者の材料仕入率、外注比率は、それぞれ別表五記載のとおりであることが認められるところ、これらの比率が業者により相違することは不可避であって、右相違が本件類似同業者の平均所得率による推計に影響するほど大きいことを裏付ける事情を認めることはできない。

したがって、右抽出過程自体に前記のとおり合理性が認められる以上、材料仕入率や外注比率を類似同業者の抽出基準に加えなかったとしても、これにより類似同業者の平均値による推計自体が不合理になるとは認められないから、これを加える必要があるとする原告の主張は、採用することができない。

(七) 原告は、昭和六三年に取引先の倒産により債権回収が不能となったことから、少なくとも同年分の事業所得について、「災害等により経営状態が異常と認められる者」を除外して選定した類似同業者の所得率を適用することは不合理である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、原告自身が昭和六三年における事業所得を黒字と申告としており、その額は二七〇万五九〇三円であって、前年における事業所得の申告額である一六五万七二七〇円を上回っていることに照らせば、原告主張の債権回収が不能となった事実が存したとしても、これにより直ちに経営状態が異常になったものとは認められないから、原告の主張は採用できない。

したがって、本件類似同業者の抽出方法その他本件訴訟における被告税務署長の推計の合理性を否定する原告の主張は、いずれも理由がないといわなければならない。

4  以上のとおり、被告らが本件訴訟において主張する原告の本件係争各年分の右事業所得の金額については合理性が認められるところ、原処分に係る原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、次のとおり、被告らが本件訴訟において主張する右事業所得の金額をいずれも下回っていることが明らかである。

原処分 本件訴訟

昭和六二年分 二九四万三二七二円 三五二万八八一二円

昭和六三年分 五七八万九五三〇円 六〇八万二六七三円

平成元年分 八八一万〇八〇九円 一一四〇万四〇九二円

したがって、原処分における原告の本件係争各年分の事業所得の推計もまた、合理的であるということができる。

三  争点4(実額反証)について

1  所得税の課税は、本来所得の実額に基づいてされるべきであって、推計課税について必要性及び合理性が認められる場合であっても、納税者が売上金額及び経費について実額に基づく反証を行い、真実の所得が明らかにされた場合には、原則に戻り、所得の実額に基づいて所得税を課税すべきであるという考え方も、十分あり得るところである。そして、このような考え方をとる場合においても、推計課税が社会通念上合理的であると認められる以上、実額に基づく反証によりこれを覆すには、納税者の側において、当該年分におけるすべての売上金額、実際に支出したすべての経費及び右経費が右売上金額に対応して生じたことについて、合理的な疑いを容れない程度にまで立証する必要があるというべきであり、その具体的な方法としては、すべての売上金額及びこれに対応する経費の支出について、これらを正確に記録した会計帳簿、売上金額及び経費の支出に関する請求書、領収書等の原始記録により、右反証が正確であることを立証すべきである。

2  そこで、本件における原告の実額反証について検討する。

(一) 原告は、本件係争各年分の売上金額特前所得金額、事業専従者控除額及び事業所得の金額として、それぞれ別表六記載のとおり主張し、右主張を裏付ける資料として、次のとおり、元帳、振替伝票、領収証、支払明細書等の証拠を提出している。

(1) 昭和六二年分 甲八、一二、一五、二三ないし三八、八四、八五、八七ないし九三

(2) 昭和六三年分 甲九、一三、一六、三九ないし六〇、八四、九四ないし一〇八、一二六ないし一二九

(3) 平成元年分 甲一〇、一四、一七、六一ないし八四、八六、一〇九ないし一二五

(二)(1) しかしながら、証拠(甲一四八、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、右各証拠のうち、本件訴訟を提起した時点で原告が所持ないし保存していた文書は、甲一八ないし八四のみであり、甲八ないし一七の財務諸表、総勘定元帳、振替伝票等は、原告が所持ないし保存していた文書に基づいて、税理士が本件訴訟提起後に作成したものであること、また、原告は、昭和六二年ないし平成元年当時、会計帳簿を作成していなかったことが認められる。

(2) また、売上金額については、取引の段階で作成することが通常想定される「見積書控」、「請求書控」及び「売掛帳」等、原始記録となる書類が、証拠として提出されておらず、売上に関する領収証(昭和六二年分につき甲二二、昭和六三年分につき甲四二、平成元年分につき甲六四)の合計額も、昭和六二年分につき四五六三万四九五五円、昭和六三年分につき五八七六万三七二〇円、平成元年分につき八六八五万〇五一〇円にすぎず、原告主張の売上実額と大きく隔たっている。

これに対し、原告は、売上金額に関する原告と被告税務署長の主張はほぼ一致しており、唯一原告の主張額が被告税務署長の主張額を下回る昭和六三年分の売上金額についても、被告税務署長がこの点を争点としない旨合意していることから、反証は十分である旨主張する。

しかしながら、実額反証の趣旨が前記のとおりである以上、売上金額についても、原告において、その主張金額が各年分におけるすべての収入金額であることを立証すべきであるから、原告の主張は採用できない。

したがって、原告の主張する本件係争各年分の売上金額について、実額であることの立証がされたとは認められない。

(3) 次に、原告が主張する本件係争各年分の経費の金額について、検討する。

<1> 原告は、労務費の支出に関する証拠として、支払明細書(昭和六二年分につき甲二五、昭和六三年分につき甲四五、平成元年分につき甲六七)を提出しているものの、これらの支払明細書自体は、支払を受けた者による確認を示す署名、押印等がない限り、単に原告が作成した文書にすぎず、支払の事実を証するとはいえないところ、本件では、相手方の領収書がなく、かつ、支払明細書にも支払を受けた者による署名等がないために、支払の事実を確認できない労務費が、別表八記載のとおり、昭和六二年分には一一一九万三八四四円、昭和六三年分には三四三五万三四一五円、平成元年分には四三七〇万〇七七四円存在することが認められる。

これに対し、原告は、右各支払の相手方から、右労務費を支払った旨の証明書を取得して提出している(甲八七ないし一二九)。

しかしながら、右各証明書は、本件訴訟の提起後、いずれも労務費の支出から約七ないし九年を経過した平成八年三月ころに作成されたものであって、右時点で、右各証明書を作成した相手方が、支払について書類を保存し又は詳細に記憶していることについては、相当に疑問の余地があるといわなければならず、また、実際に右各証明書の作成経緯に照らせば、右記載内容には大いに疑問が存すること(乙二四ないし二六)をも考慮すれば、右各証明書をもって、原告の主張する労務費が現実に支払われた事実を認めることはできないといわなければならない。

さらに、右各証明書の作成に際し、連絡がとれなかった支払相手方が若干存することを原告自身も認めており(原告本人)、右各証明書が必ずしも網羅的でないことからしても、これにより労務費について実額が立証されたとは認められない。

<2> また、原告は、本人尋問において、原告は当時現場ごとに作成していた出面帳と、現場の出来高に基づいて、外注費及び労務費の支払額を決めていた旨供述する。しかしながら、労務費に係る前記支払明細書には記載があるものの、出面帳には記載がないために、役務の提供が実際に行われたことを確認できない労務費が、別表九記載のとおり、昭和六二年分には一九〇万五〇〇〇円、昭和六三年分には一四六四万九五〇〇円、平成元年分には一九六七万〇四一一円存在することが認められ、これに対する合理的な説明がされているとはいい難い。

<3> さらに、昭和六三年分の総勘定元帳(甲一三)八四頁に記載されている九月一七日「紐本親仁」に対する外注加工費五六万円については、支払明細書のみならず、対応する領収証も提出されていないこと、右元帳の七七及び七八頁に記載されている二月一六日、三月一六日及び四月一七日の「中西直寿」に対する労務費の現金支払に対応する領収証(甲四五)の発行者名が、二月一六日及び三月一六日分は「中西直寿」であるのに対し、四月一七日分は「中西寿直」となっており、また、筆跡も異なることに照らせば、単なる誤記とは考え難いことなど、経費に関する原告の提出書類に不自然、不合理な点が見受けられる。

以上によれば、原告主張の経費についても、原告が実際に支出したものと認めることができないといわなければならない。

3  以上によれば、原告主張の本件係争各年分における売上金額が右期間の実際の売上のすべてであること、及び原告主張の本件係争各年分における経費が実際に支出されたことについて、会計帳簿ないしは原始記録に基づいて立証がされたと認められないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、実額反証に関する原告の主張は、理由がないといわなければならない。

(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 森英明 裁判官菊池浩也は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 木村元昭)

別表一

川上輝幸に係る所得税の課税の経緯表

<省略>

別表二

(売上金額年分別一覧表)

<省略>

別表三

類似同業者の売上金額、調整特前所得金額及び調整特前所得率

【昭和六二年分】

<省略>

【昭和六三年分】

<省略>

【平成元年分】

<省略>

別表四

被告が本訴訟において主張する所得金額等

<省略>

別表五

<省略>

別表六

本件訴訟における事業所得の金額

<省略>

別表七の1

(損益計算書)

<省略>

製造原価明細書

<省略>

別表七の2

(損益計算書)

<省略>

製造原価明細書

<省略>

別表七の3

(損益計算書)

<省略>

製造原価明細書

<省略>

別表八

労務費のうち支払明細書に受領印がなく領収証もないもの

<省略>

別表九

労務費のうち支払明細書はあるが出面帳に記載がないもの

<省略>

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